こんにちは。
子どもと過ごしていると、
「食べさせて」「これやって」「ママがいい」
そんな言葉を一日に何度も聞くことがあります。
正直、余裕があるときはいいけれど、忙しいときや疲れているときには
「もう自分でできるでしょ?」
と、少しモヤっとしてしまうこともあります。
「これって甘えさせすぎなのかな?」
「このままで自立できるんだろうか?」
子どもが「やって」「食べさせて」と言うたびに、そんな不安がよぎることも。
この記事では、子どもの「やって」にモヤっとしていた私が、自分も「やって」と言ったことで気づいた、シンプルな答えを書いています。
大人の私も、実はたくさん甘えていた
でも、あるとき、ある当たり前のことに気づいたんです。
休みの日に、夫がそばにいたある日のこと。考えもせず、普通にこう言っていたんです。
「子どもにご飯あげてくれる?」
「おむつ替えてもらっていい?」
「この瓶のフタ開けて」
「重い荷物持ってほしい」
これって、全部「できない」わけじゃないけど、任せている行動。
大人はそれを「甘えすぎ」とは言われないのに、子どもだと急に「やらせた方がいい?」とか思ってしまうの、改めて考えてみると不思議だなと思いました。
「子どもなんだから自立を促さなきゃ」
そんな気持ちがよぎるのは、もしかしたら“子どものため”より“親として正しくありたい気持ち”だったのかもしれません。
子どもが「やって」「食べさせて」と言うのは甘えすぎ?
よく考えると、子どもは
・できないから頼っている
・やりたくないから任せている
だけじゃなくて、
「安心できる相手に、やってもらいたい」
という気持ちで言っていることも多い気がします。
それなのに私は、
「自立のためには自分でやってもらったほうがいい?」
「今やってあげるのは良くないかも?」
と、つい“正解探し”をしていましたのかもしれない、と思いました。
子どもの甘えは「自立できないサイン」なの?
「甘えさせすぎると自立できなくなる」
そんな言葉を聞くこともあります。
でも、今のわが子を見ていると、
甘えてくる一方で、
- 新しいことには自分から挑戦する瞬間が増えたり
- できたことを誇らしそうに見せてくれたり
- 気が向けば一人でやり切ったり
甘えと自立は、同時に存在しているように感じます。
むしろ、「いつでも頼っていい場所がある」という安心感があるからこそ、
一歩離れて挑戦できるのかもしれません。
甘えさせることは、将来の自立につながる?
無理にやらせて、子どもに悲しい思いをさせてしまうよりも、
「今は任せたいんだな」
「今日は甘えたい日なんだな」
そう受け取って関われたほうが、お互いに余裕が残る気がします。
もちろん、ずっと全部やってあげるわけではないけれど、
「やって」と言われたときに、安心して頼れる相手でいること
それ自体が、子どもにとって大事な経験なんじゃないかなと思います。
現にぽんちゃんは、保育園ではみんなのお世話をする役割なんだとか。
もしかすると、保育園で使っているエネルギーを、家で補充するために甘えているのかもしれません。
今日も「やって」でいいと思えた理由
子どもの「やって」は、わがままでも、怠けでもなくて、信頼のサインなのかもしれません。
大人の私が自然に誰かを頼るように、子どもも、安心できる人を頼っているだけ。
そう思えたら、「またか…」と思っていた一言が、少しだけ、やさしく聞こえるようになりました。
今日、子どもに「やって」と言われたら、まずは一度、「今は任せたいんだね」と受け取ってみようと思います。
それだけで、親子の空気は少し変わる気がしています。

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